2025年7月29日火曜日

iPS「パーキンソン」治療 治験で症状改善

 iPS「パーキンソン」治療  治験で症状改善

京都大学iPS細胞研究所(CiRA)などは、iPS細胞を使ったパーキンソン病の臨床試験(治験)で安全性と有効性を示唆する結果を得た。パーキンソン病は神経の難病で有効な治療法がない。


iPS細胞を使えば、症状を改善し、根本的な治療が実現する可能性がある。


治験などの成果は16日付の英科学誌「ネイチャー」に掲載された。  


パーキンソン病は脳内の神経細胞に異常が起き、運動機能が衰えていく病気。手足の震えやこわばりなどが主な症状で、病気が進行すれば歩行が困難になり、

食事も難しくなる。


根本的な治療法はなく、現在の治療は主に症状をやわらげる対症療法が中心だ。

 

国が定める難病に指定されている。世界には約1000万人、日本でも約25万人の患者がいるとされる。

 

治験は京大医学部付属病院(京都市)で2018年から23年にかけて実施した。

 

健康な第三者由来のiPS細胞から神経細胞のもととなる細胞を作製し、パーキンソン病の患者に移植した。


大きな副作用はなく、投与した患者6人中4人に運動機能の改善がみられたという。今後、iPS細胞由来の医薬品として、協力企業の住友ファーマが実用化を目指す。

(日経新聞・朝刊 2025.4.17)


<コメント>

当院でも、数人のパーキンソン病の方に通院していただいております。

「京大で、iPS細胞を使ったパーキンソン病治療の治験が進行中ですから期待して下さいね」って励ましてきました。

いよいよ、実用化に一歩近づいた感があります。


さて、運動機能がどのくらい改善したのか、効果のなかった症例はどこが違うのかも知りたいと思いました。論文を精読すればわかることだと思いますが・・・。


現時点で、パーキンソンの治療薬は数多くあります。

問題は、病状の進行に関係があることかもしれませんが、長期使用中に効果が減弱し投与量を増やせねばならないこと、そして最大使用量になってしまうという問題がありました。


今回の治験は、パーキンソン治療薬に併用してiPS細胞を使用したのでしょうか。

<関連サイト>

「iPS細胞由来ドパミン神経前駆細胞を用いたパーキンソン病治療に関する医師主導治験」において安全性と有効性が示唆

https://www.kuhp.kyoto-u.ac.jp/press/20250417.html

・50~69歳の7名のパーキンソン病患者を対象に、iPS細胞由来のドパミン神経前駆細胞を脳内の被殻に両側移植した。

・被殻・中脳黒質:いずれも脳の部位の名称。パーキンソン病では、中脳黒質のドパミン神経細胞が減少し、被殻へのドパミン供給が不足することで、運動症状が引き起こされる。

コメント;

移植方法に記載がありません。

中脳黒質への移植は効果がないという考えなのでしょうか。


パーキンソン病の治療を目指して

https://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/pressrelease/newsletter/250514-000001.html


iPS細胞を用いたパーキンソン病治療 治験で“有効性” 京都大

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250417/k10014781301000.html

・今回の治験は7人の患者に対して行われましたが、1人については安全性のみの確認で、治療の効果が調べられたのは6人です。

・4人のうち2人は症状の程度の区分が「中等症」から「軽症」に、1人は「重症」から「中等症」に改善したということです。一方、2人は数値が数ポイント悪化しましたがこれは同じ期間、薬で治療を受けていた人と同じ程度の悪化だったということです。

・大幅な改善が見られた患者は年齢が比較的若く、症状の程度が軽かったということで、研究チームはこの治療について「若くて重症度の低い患者に適していると考えられる」としています。

2025年7月11日金曜日

今後も減りゆく胃がん

今後も減りゆく胃がん

日本人男性の発がん原因のトップは喫煙で、約24%を占める。次いで2位が感染(18%)、3位が飲酒(8%)。男性に比べて生活習慣が良い女性の場合、喫煙や飲酒は4%前後にすぎず、1位は感染が15%を占める。 

男女合わせると、日本人の発がん要因のトップは感染で、17%を占める。喫煙が2位(15%)、飲酒が3位(6%)。これまで日本人の発がん原因の断トツ1位はたばこだったが、喫煙率の低下で2位と逆転した。

 

欧米では感染は発がん原因の約5%にとどまる。日本はがんからみた社会のあり方において、まだまだ途上国レベルにあるといえる。

 

がん関連の感染症は、胃がんの原因のほとんどを占めるピロリ菌と、肝臓がんの原因の7割を占める肝炎ウイルス、子宮頸がんの原因のほぼ10%のヒトパピローマウイルス(HPV)の3つが最も重要だ。


なかでも胃がんは患者数が3位、死亡数は4位とメジャーながんだ。胃がんは年々減り続けているが、かつては日本のがんの圧倒的トップだった。1960年当時、男性のがん死亡の約半数、女性の4割が胃がんによるものだった。

 

日本のがんの代表だった胃がんが減っている理由はヘリコバクター・ピロリ(ピロリ菌)の感染率の低下だ。

ピロリ菌の感染は7歳以降はほとんど起きない。ヒトの免疫系が「ほぼ完成する」のが7歳頃だからだ。

逆に、子どもの頃に感染したピロリ菌は、除菌をしない限りそのまま胃に一生住み続ける。

  

免疫系が完成する前の幼い頃に摂取した水や食物の衛生状態が、ピロリ菌の感染率を大きく左右する。江戸時代の感染率は100%近くだった。

現在80歳以上の世代で6~7割、65歳の年代では5割程度だ。


他方、50歳のピロリ菌感染率は3割、40歳は2割、30歳は1割と下がり、20歳以降では5%以下だ。胃がんは今後、さらに激減することになる。


日経新聞・夕刊 2025.7.9  東京大学 中川恵一 特任教授    

2025年7月8日火曜日

正確ながん情報の入手を

正確ながん情報の入手を がん治療は情報戦 信頼度高いネット発信もとに判断を

・がんは最初の治療がうまくいかないと、完治が遠のく。病院選びも大きなカギを握るが、治療の途中で病院を変えることはまずできない。


・一度がんの治療を始めると、事実上後戻りができない。「敗者復活戦なしの一発勝負」に近いと言える。そのため治療前の情報収集は非常に重要だ。


・がん治療は一種の情報戦だ。がんを知り、正しい情報を手に入れることがとても大事だ。


・情報収集と言えばインターネットですが、SNSに広がるがん情報を某大学病院の医師がファクトチェックしたところ、44%が誤りで、31%に有害な情報が含まれていたという。ネット情報は玉石混交で、患者さんはその見極めが大切だ。

コメント;

医師が発信した情報だから安心だというのは、まったくあてはまりません。

週刊誌でさえ、特任教授という肩書きの高齢の免疫学者が高血圧についてとんでもない記事を書いているのに驚きました。

「東大医学部卒」という肩書きの(医師としての経歴も然程でも)精神科医が、専門外の内容でベストセラー本を山ほど出しているのをご存知の方も多いのではないでしょうか。

別件ですが、「国立大学医学部卒」、「医学博士」、「◯◯教授」、「米国留学」・・・。皆さん、専門学会の会員でもなく、学会で発表した結果でもなく、医学的であっても科学的でない、個人的な思いつきのアイデア(?)を国民に向かって発信するようなSNSやベストセラー本には気をつけましょう。

学会では収入は得られません。むしろ参加費用などが発生します。

一方、専門医が腰を抜かすような内容のベストセラー本を発売すればかなりの収入が入ることになります。

誤った医学情報の発信は、学会でコンセンサスが得られている正当な治療方法への妨害となるだけではなく、健康を蝕むことがあるという意味では問題は深刻です。

最近では、比較的若い先生が、専門外の内容についてSNSで滔滔と発信していることにも驚きます。


・ネットに広がるがん情報で太鼓判を押せるのが、国立がん研究センターが手がける「がん情報サービス」だ。すべてのがんについて治療法や副作用、再発後の選択肢まで詳しく解説している。「診療ガイドライン」に沿った情報で、最も信頼できます。


・診療ガイドラインは医師向けに最適な治療法を解説したもので、一般市民が読み込むのは難しいと思われる。他方、患者や市民向けのガイドラインもあり、一般の方が理解しやすいように配慮されている。肺がんや大腸がん、膵臓がん、胃がん、乳がん、前立腺がんなど多くのがんについてネット上で公表されている。一部は書籍版も販売されている。


・さらに、がん患者における気持ちのつらさガイドライン、がん免疫療法ガイドライン、骨転移診療ガイドラインなど、臓器横断的なガイドラインもある。診療ガイドラインの検索には「Mindsガイドラインライブラリ」のサイトが便利だ。


・残念なことに、「がん情報サービス」や診療ガイドラインではなく、どうみても怪しい情報にだまされる患者が後を絶たないのも事実だ。


・教育レベルの高い人ほど、科学的根拠のないがん治療を受けやすいというデータもある。高学歴の患者が怪しい民間療法を選ぶこともあり、これは自身の判断力に対する過信が原因かもしれない。


・日本人の「ヘルスリテラシー」は世界でも最低ランクで、日本はインドネシアやミャンマー、ベトナムより下になっている。

(日経新聞・2025.7.2  中川恵一 東大特任教授)


参考

「がん情報サービス」

https://ganjoho.jp/public/index.html

「Mindsガイドラインライブラリ」

https://minds.jcqhc.or.jp/ 

2025年7月6日日曜日

MRリニアック 

MRリニアック 最先端治療装置に期待  

前立腺がんに対する放射線治療に「週末2回照射」がある。 

2週連続で土曜に1回ずつ、計2回の照射で治療が終わる。週末2回照射は新たな治療スタイルとして反響を呼んだ。


MRリニアックにはさらに、治療中にがん病巣や正常臓器の位置をリアルタイムに「見ながら」照射できるという、これまでにないメリットもある。

前立腺のすぐ後ろに位置する直腸に放射線が過大に照射されると、肛門出血の原因になることがある。

直腸の動きを注視しながら照射できるため、大線量を前立腺に集中することが可能になる。


この技術は、膵臓がんの根治的放射線治療でも重要な役割を果たす。

膵臓がんは日本人のがん死亡の第3位だが、早期発見が難しく、手術ができるのは3割前後にとどまる。

放射線でダメージを受けやすい小腸に取り囲まれているため、放射線治療も困難だった。


しかし、MRリニアックは膵臓がんの放射線治療に革命をもたらしつつある。

現役世代にとって「治療と仕事の両立」がかなうことはもちろん、高齢の親世代のがん治療を付き添いなどでサポートする人たちにとってもメリットが大きい。


週末2回照射に不可欠なのが、MRI(磁気共鳴画像装置)と放射線治療器(リニアック)を一体化した「MRリニアック」という最先端の放射線治療装置だ。


これまでの高精度放射線治療装置は、リニアックとCT撮影装置が一体化した「CTリニアック」が主流だった。

しかし、今やMRIがCTに代わり画像診断の主役となっている。

提供される画像の情報量はMRIが圧倒的にCTを上回るためだ。


世界の13施設が参加した臨床試験で、手術が難しい進行膵臓がん患者136人に、MRIでがんの位置を毎回確認しながら高精度に放射線を集中させる「SMART」という方法を使った。


治療はたった5回で完了し、1年後の生存率は65%、がんの再発を抑えられた人は83%に上った。

とりわけ重い副作用が一人も出なかったという結果が、治療の安全性の高さを示している

がんの場所が毎日少しずつ変わっても、たとえ照射中に動いたとしても、変化に合わせて

治療内容を調整できるのがこの技術の強みです。


高齢などの理由で手術が難しい膵臓がん患者にとって、MRリニアックによる高精度放射線治療は新たな根治的治療の選択肢となる。


日経新聞・朝刊 2025.6.25 東京大学・中川 恵一 特任教授



関連サイト

MRリニアックの臨床導入と普及に向けて

https://www.jastro.or.jp/medicalpersonnel/journal/JASTRO_NEWSLETTER_146_tokushu.pdf

(日本放射線腫瘍学会)

MRリニアックで治療が5回で終了

https://www.hosp.tohoku.ac.jp/webmagazine/feature/2932/

(東北大学)

新型「リニアック」本格稼働

https://www.yokohama-cu.ac.jp/news/2019/dr3e64000000tlkz-att/fukuhp_Linac.pdf

(横浜市大)





2025年6月14日土曜日

認知症寝たきり患者の本当の姿

 認知症寝たきり患者の本当の姿

https://news.yahoo.co.jp/articles/cdc94f67b5fe743ae447f8319e715944a1e293f5?page=1

(武蔵国分寺公園クリニック名誉院長の名郷直樹氏へのインタビュー記事; PRESIDNT Online 2026.6.12)


■ 本当に「画期的な薬」なのか 認知症治療薬「レカネマブ」に300万円の価値はない

アルツハイマー型認知症の新しい治療薬が臨床の場で使われるようになった。2023年9月に承認された「レカネマブ」と、続いて24年11月に保険適用された「ドナネマブ」だ。


両薬剤とも、認知症の原因物質に直接作用する初めての抗体薬として注目された。

具体的には、脳内にたまったアミロイドβという蛋白質を除去して、病気の進行を遅らせる効果が期待されている。


■「脳浮腫と脳出血が高頻度で起きる」研究結果も

レカネマブなど抗体薬を服用した群と、プラセボ(偽薬)群に分けたランダム化比較試験において、1~3点の差がつけば、一応は患者さんを相手にした臨床の場で有用との目安がある。

ところが、この論文ではわずか0.32点の差しかなかった。


実際、医者が診察室で21点の人と23点の人を診ても、ちがいなど全然わかりません。10点と20点の差であれば、問診をしたり、スマホやリモコンを操作させたりして、ようやく判断することができます。


臨床的な効果は示されない一方で、副作用のほうははっきりしていて、臨床試験で脳浮腫と脳出血が高い頻度で起きている。

先の論文でも、画像上の検討で、9人に投与すると1人の脳浮腫、13人に投与すると1人の脳出血が発見され、症状を引き起こす脳浮腫では86人に投与すると1人に起こると報告されている。

価格面を見ても、レカネマブとドナネマブの患者さんの負担額は年間約300万円もかかる。

一般的な感覚で言えば、公費を投入して使うべき薬ではないと言わざるを得ない。


■ 認知症の進行を遅らせるだけで、改善はしない

現在ある認知症の治療薬は、効果があったとしても進行を先送りするだけでしかない。

現時点では認知症を予防したり、改善したりする薬は開発されていない。


例えば、高血圧の治療では合併症である脳卒中や心不全が起きるのを先送りできれば、その分、元気な期間を長くする効果がある。

しかしながら、認知症の先送りは徐々に物忘れが進行する苦しい時間を長引かせるだけだ。患者さんにとっては多大なストレスが増えるだけだから、理不尽な治療である考えることもできる。


本人は「ああ、また忘れるようになってきた」と苦しみ、家族など周囲の人々も「私のこともだんだんわからなくなってきた」とつらい思いをする。

認知症が進行していく現在の苦しみに対して、薬では解決できない。

そこで何が患者さんや家族の希望につながるかというと、忘れても大丈夫、認知症のままでも楽しく生きられるという方向性を目指していくしかない。

「ぼけをことほぐ」社会を、本人と家族、医療者が見つけ出していくことが何より肝要だ。


■ 避けられない老いを避けて何になるのか

認知症治療の現在地を検証することは、「人間にとって老いとは何か」を見つめ直すことにほかならない。

人生において老化とは本来、苦しいものだ。

特に認知機能の低下や、活動力の低下はつらく、長生きするということは苦しみを伴うことなのだ。やはり、誰しも病気は少しでも先送りしたい、介護が必要になる時期は遠ざけたいというのが本音だろう。

しかし、どんなに先送りしてもやがて来る下り坂、死とどう向き合うか。

その現実を直視することが大切なのだ。


いま、アンチエイジングが声高に叫ばれているが、アンチエイジングもあくまで加齢や老化による変化の速度を遅くするに過ぎず、これもまた「老化の先送り」でしかない。

避けられない老いをどこまでも避けようとし、最終的な死までは面倒を見ないという無責任な思想が底流にあると思う。


その背景には、認知症が進行したら大変だ、ぼけたり、寝たきりになったりしたら死んだのも同然だ、という考え方があるのではないだろうか。

人は、日ごろの健康管理や病気の予防に失敗したから介護が必要になるのではない。

病気の予防、先送りに成功し、長生きするようになったため、介護が必要になったのだ。


人工呼吸、胃瘻や経管栄養などの方法で延命を可能にした医学の進歩は、老いの苦しみを長引かせる面もある。

だから、ほとんどのケースで元気なまま亡くなる「ピンピンコロリ」など望むべくもなく、衰える中で亡くなる「ヨボヨボコロリ」のほうがいっそうリアルだ。

流行りの「健康寿命」がどんなに延びたとしても、ほとんどの人は遅かれ早かれ寝たきりになって死ぬのだ。


■ 「安楽死」が生まれた本当の背景

ピンピンコロリが理想的な死であるかのように語られる風潮があるが、本当は「寝たきり」よりはマシ、「寝たきり」に対する差別意識に過ぎないのではないだろうか。


オランダやベルギーでは認知症の人に対する安楽死を合法化しているが、本人も周囲もそのような決断を迫られる状況じたい苦しいのではないか、としか思えない。

安楽死もそれを望むというより、選択肢がなくなって追い込まれた結果ではないか。

本人や家族、周囲の介護者が納得できるような幸せな寝たきりがあるのであれば、誰も安楽死など考えないと思う。

 

私は、安楽死が広く受け容れられる社会よりは、寝たきりに寛容な社会のほうが住みやすい社会にちがいないと考えている。

そこで、私は安楽死の対語として「安楽寝たきり」という言葉を提唱している。

誰もが心置きなく「安楽寝たきり」になるためには、寝たきりになった時に周囲への迷惑や影響をお互いさまと考え、特定の人に負担が集中しないようにすることが必須になる。


そうはいっても、支援する家族の側からすれば大きな負担になる。

介護殺人のような深刻な事件は「寝たきり」の患者さんを抱える家族にとっては身近な問題です。


■「母に早く死んでほしいと思うことがありました」

以前、認知症で毎晩せん妄と被害妄想を起こしていた母親を自宅で看取った娘さんが、外来でこう話してくれたことがあった。


「介護をしながら母に早く死んでほしいと思うことがあった。でも、スタッフの方に電話した時に『思うだけならいくら思っても構いません。ただし、本当に手をかけそうになったら、手をかけずに電話をかけて下さい』と言われ、本当に救われました」と。


そんな状況になれば、誰でも実の親ですら死んでほしいと思うものだ。

ほとんどの人は、そんなことを考えても、口に出してもいけないと思い込んでいる。

死を避けなければいけないという思いが強過ぎて、無理を重ねて疲弊する。

本当に一生懸命に介護する人の限界の中で、介護殺人は起きるのだ。

だが、親に死んでほしいなんて思うことはよくあること。

そんな本音をポロリと口に出せれば、それが解決の糸口につながる。

「安楽寝たきり」を実現するためには、周囲も「安楽」でなくてはならないのだ。


核家族化が進んだ現代では、家族の介護力は著しく低下している。

結婚する人も減って、一人の子どもが、高齢で認知症の父母を介護しているという現実がある。訪問診療の現場では、自宅で最期を迎えるのがよいという大きな流れがあるが、これは介護費用を減らしたい国の方針に乗せられているだけかもしれない。

家族の犠牲を避けるためには、在宅こそが最善という呪縛からも解き放たれる必要がある。


■ 認知症は“軽度”がいちばん大変

施設というと、まるで監獄に入れるかのように思い込んでいる人が少なくない。

だが、「施設はダメ」というのは偏見に過ぎない。

家族全体が安楽でいられるように、介護の専門職の支援を求めることも選択肢の一つだ。

いまの特別養護老人ホームのスタッフは技術的に熟練しているから、着替えやトイレ、入浴にしても、ベッドから車椅子への移動にしても、本当に上手にやってくれる。

仕事だから、家族のように怒らなければならない理由もなく、患者さん本人にとっても楽だし、快適なはずだ。


認知症は軽度の人のほうが、徘徊して行方がわからなくなったり、夜間にせん妄で動き回ったりするので圧倒的に大変だ。


しかし、認知症が行き着くところまで進行してしまえば、あまり動けなくなるので周囲の介護負担が減る傾向にある。

患者さん自身も意外と安定した状態になって、閉じられた独自の世界を生きるようになる。


訪問診療でよく経験するのは、認知症になったおじいさんやおばあさんが、すでに配偶者が亡くなっていることがわからなくなり、いつまでたっても一緒に暮らしているように生活していることだ。


「きょう、じいさんが見えんけどどこに行ったかな」という話を訪問に行くたびに聞かされることがあります。その時に家族が「とっくに死んだでしょう!」なんて言うと、患者さんは混乱してしまう。

「コンビニでも行ったんじゃないかな」と話を合わせてあげると、延々とハッピーな会話が続くのだ。


■ 大切なのは周囲も「安楽」で過ごすこと

ぼけるという状態にもメリットがあって、死に対する恐怖が消える、配偶者の死を悲しまずに済む、ということが少なくないようだ。

また、多くの認知症患者は身体的な苦痛を感じにくいという特徴がある。

心不全で酸素飽和度がかなり下がっていてもまったく苦しさを訴えずにニコニコしている人もいるし、末期のがんでも認知症の人はあまり痛がらない。

寝たきりや死が近づいている状況では、認知症は一種のギフトのように感じられるほどだ。


認知症という通常は希望とは考えにくい状態の中にも、希望はある。

朝起きてベッドから起き上がるための介助、洗顔、食事、排泄の支援など、いま必要なことだけにフォーカスしていくことが大切だ。

もちろん、家族だけでは大変だから、訪問看護師やヘルパーにバックアップしてもらえばいい。患者さんはだんだんと衰えていく中で、いまが快適だったら、この快適さの中で明日死んでもいいと思えるかもしれまない。


「安楽寝たきり」の行きつく先である「安楽な死」の条件は、死にゆく人も、家族や医療者、介護者など周囲の人たちも共に「安楽」かどうかにかかっているのだ。


いまは健康長寿ばかり喧伝するから、みんな苦しい思いをするのだ。

認知症や寝たきりの人を否定しない、差別しないことこそが本来の社会のありようだと考えている。


コメント;

名郷先生は、結構若い時からEBM(Evidence-Based Medicine:科学的根拠に基づく医療)をはじめ多くの医療情報を発信して来られた方です。

日頃から多くの講演や執筆をこなし、バイタリティー溢れる活躍に瞠目していました。

老人医療や在宅医療で名を成した先生の中には、「ちょっとキナ臭いな」と思わせる先生も多い中、名郷先生は本物だなと感じさせる内容で一気に読ませていただきました。

認知症の肉親をかかえておられる方にも是非読んでいただきたいと思っています。

2025年3月22日土曜日

アニサキス寄生、日本海でも増加

アニサキス寄生、日本海でも増加 食中毒の原因種、マサバに「飲食店などに周知を」

太平洋側のマサバが食中毒の主要感染源とされる寄生虫アニサキスについて、日本海側でも食中毒を引き起こす種類の寄生が増えていることが内閣府食品安全委員会の研究で分かった。 

調査した国立感染症研究所では「食中毒リスクは太平洋側と変わらなくなっており、行政は消費者や飲食店に必要な対応を周知すべきだ」と指摘している。


アニサキスは幼虫が魚介類の内臓に寄生し、人間の体内に入ると、みぞおちなどの激しい痛みや嘔吐といった症状を引き起こす。内臓から身に移動しやすい種類「As」の寄生が太平洋のマサバなどに目立ち、日本海や東シナ海では、身に移動しにくい「AP」が多いとされてきた。

Apは内臓を除去すれば感染リスクはAsに比べて低いと考えられていた。


研究では2019~21年度、海域別に寄生状況調査を実施。太平洋で漁獲されたマサバ70尾では、見つかった幼虫のうち半数が身の部分にいた。身からは1尾当たり平均15.3匹を検出し、全てAsだった。これに対し目本海の67尾では幼虫の約35%を身で確認。

1尾当たり平均2.1匹で、ほぼ全てがAsだった。

 

22、23年度にも日本海の2海域で調査したところ、身で確認した幼虫の割合は、おおむね同じだった。1尾当たり平均のAsは13.6匹、9.7匹。「身から検出した幼虫の95%以上がAsで、わずか2~3年のうちに太平洋のマサバとリスクが変わらなくなった」とした。

 

日本海でアニサキス食中毒のリスクが高いマサバが目立ってきたことに関し国立感染症研究所は「原因は不明だが、海流や海水温の変化などが関係している可能性がある」と話す。

食中毒発生件数の中でアニサキスは、厚生労働省が統計を開始した13年には88件だったが年々増加し、23年には432件と全体の42%を占めた。

(日経・朝刊 2025.3.21)


アニサキスとは 

魚介類や海生哺乳類に寄生する線虫。幼虫は長さ2~3センチで、クジラなどの体内で成虫になる。幼虫が寄生したサバやアジ、サンマ、カツオなどを、人間が生や加熱不十分の状態で食べると食中毒の原因になる。

胃壁に刺入する急性胃アニサキス症のほか、じんましんなどの症状もある。幼虫は通常の調理で使う酢や塩分の濃度で死なないため、中心部をマイナス20度で24時間冷凍するか、60度で1分加熱することが有効とされる。


コメント;

「中心部をマイナス20度で24時間冷凍」は家庭用冷蔵庫では難しい条件です。一般的な家庭用冷凍庫の設定は、マイナス18度までとなっており、家庭用冷凍庫の場合は、2日以上の冷凍が必要となります。


アニサキスによる食中毒を予防しましょう(厚労省)

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000042953.html

サバ、アジ、サンマ、カツオ、イワシ、サケ、ヒラメ、マグロ、イカなどの魚介類に寄生する。アニサキス幼虫は、寄生している魚介類が死亡し、時間が経過すると内臓から筋肉に移動することが知られている。



・ アニサキス食中毒で特定されている魚種

魚種別にサバ→カツオ→サンマ→アジ→イワシの順に多い。


  生食だけでなく加熱不十分、あるいは塩漬けや酢漬けの状態でも感染する。


・ヒトが感染魚を食べても、ほとんどの幼虫は感染を起こすことなく便中に排出されるが、胃の中で自由になった幼虫が、胃粘膜や腸粘膜に付着し部分的に穿入すると、アニサキス症を発症する。


・緩和型は症状が軽微で自覚症状もない場合が多いが、劇症型の胃アニサキス症では喫食後8時間以内、劇症型の腸アニサキス症は数時間から数日後に、持続する激しい腹痛や差し込むような痛みが起こり、吐き気や嘔吐を伴うこともある。


・これまではアニサキス症に特異的に効果のある治療薬は存在しないと言われてきたが、2011年に木クレオソートを含有する正露丸(第2類医薬品)の内服で、胃アニサキス症の症状である強い上腹部痛が消失した症例が報告された。アニサキス症が疑われた患者が正露丸を服用後、1~2分で痛みが消失し、その後の内視鏡検査で動きのない白色の寄生虫を胃粘膜より採取し、アニサキス症と診断された。正露丸の最大服用量である1日9粒(木クレオソート400mg)であれば、十分効果が期待できると考えられる。